英国では「入院を避ける」ための仕組みが充実していた。
英国ではGP(General Practitioner/かかりつけの家庭医)が健康問題の90~95%に対応している。従って、病院の役割は極めて限定的だ。
特に入院は、社会コストが高いこと、(特に高齢者や終末期の患者においては)患者のADLやQOLを下げること、そして患者本人も入院治療を望まないケースが多いことから、「なるべく入院せずにコミュニティでケアする」という方向性が明確になっている。
そして、在宅でのケアを希望する患者は、在宅で最期まで支援できる仕組みになってきている。
日本にも「ときどき入院、ほぼ在宅」というスローガンはある。
しかし実際には、本人や家族の意向に反して、休日や夜間の体調変化に主治医が対応できずに病院受診となり、そのまま入院になってしまうケース、医師の医療対応力や多職種の在宅支援力の不足により入院が選択されてしまうケース、明らかに看取りの段階なのに最終段階で救急搬送されてしまうケースなど、本来であればコミュニティでケアを継続すべきケースが入院になってしまうことが少なくない。
「何かあればすぐ入院」というのが日本の地域医療の実情ではないかと思う。
これは、日本のかかりつけ医はちゃんと仕事をしていないということなのか。
「入院を避ける」ための2段階
英国では「入院を避ける」ための仕組みが2段階で存在する。
1つは、GP(かかりつけ家庭医)の存在。
全ての国民はかかりつけのクリニックを持ち、基本的にそこで日々の健康管理を行う。
予防的なケアや、生活習慣病の重症化予防などに、その人の個性や生活背景・家族関係なども熟知したかかりつけ医が伴走してくれる。
日本では、多くの患者は、専門医を主治医として選択する。かかりつけ医を持たない人も多い。定期的に受診をして、特定の疾患や臓器はきちんと診てもらっているけれども、総合的な健康管理が十分にできていないという人は少なくない。
2つめは、GPの対応範囲を超える在宅ケアをバックアップする仕組み。
たとえば、日本では、休日や夜間に急変した場合、かかりつけ医に電話をして、つながらなければ救急車を呼ぶしかない。かかりつけ医を担う開業医の多くは、ソロプラクティス(医師が一人だけの診療所)。24時間365日、電話がつながる状況にしておけ、というほうが無理というもの。
一方、英国では例え医師であったとしても、ライフワークバランスを大切にする。休日と夜間はしっかりと休む。自分たちが幸せな生活が送れていなければ、患者を幸せにできるはずがない。これはNHSのコンセプトでもある。
しかし、GPクリニックの多くはチームプラクティス(複数医師が勤務する診療所)、平均5名のGPが勤務している。従って、かかりつけ医が休みでも、クリニックの他の誰かが対応できる。
もし、GPクリニックの誰も対応できない時間帯であっても、時間外対応を専門としているGPのチームが対応してくれる。
「誰にもつながらない」ということはないのだ。
もし、GPの対応範囲を超えるような急変の場合、それでも病院に行かなければならない、ということはない。病院の緊急対応チームが在宅にアウトリーチし、自宅で急性期のケア(診断・治療)を行う。例えば肺炎や尿路感染症などの細菌感染の治療、うっ血性心不全の増悪、慢性呼吸不全の増悪など、在宅でケアを継続できる。このプロセスはGPの監督下で行われ、徐々に病院の緊急対応チームから、地域のチームへとシフトしていく。
(高齢者の緊急入院を83%も減らしたロンドンの取り組み)
もし、人生の最終段階にあり、専門的な緩和ケアが必要な場合、本人が在宅での療養継続を希望すれば、ホスピスのコミュニティケアチームが在宅にアウトリーチし、自宅で専門性の高いケア(緩和医療・サポーティブケア)を提供する。
もちろんGPをはじめとする地域のチームや、自治体の福祉系サービスとも連携する。
〔To Avoid Hospitalization 入院を避けるために〕
●入院を避けるために、GPが主治医として日ごろからの健康管理を行う。
●急変時、GPが時間的に対応できない場合には、時間外対応を専門とするGPのチームがバックアップ。
●GPが医療的に対応できない場合には、急性期病院の緊急対応チームが在宅ケアを提供。例えば、ノースウィック・パーク病院では、STARRS(Short Term Assessment, Rehabilitation and Reablement Service)という緊急対応チームが院内に待機、在宅での急性期ケアを担っている。名称はそれぞれ異なるが、このようなチームは地域の中核病院に配置されている。
●在宅での療養継続を希望する終末期患者で専門的な支援が必要な場合は、緩和ケアの専門家が在宅療養を支援する。ノース・ロンドン・ホスピスは、コミュニティケアに積極的に取り組み、特に予後半年以内の患者に対しては、PCSS(Palliative Care Support Service)という緩和ケア専門看護師を中核としたチームの総合的な支援が提供される。
※STARRS、PCSSというのは、それぞれノースウィック・パーク病院、ノース・ロンドン・ホスピタルでの呼称。それぞれ施設によって名称は異なる。また、このような対応チームを持たない病院やホスピスもある。
※時間外専門GPは、通常のGPクリニックよりもより広域をカバーする。
つまり、日本のかかりつけ医が手抜きをしているわけではない。みな孤軍奮闘しているということなのだ。個人で対応している以上、当然、限界点は存在する。
ロンドン・ノース・ホスピスの緩和ケア研修医
在宅ケアの主力は看護師
英国では、在宅ケアの提供者側の中核になっているのは看護師である。
もちろんGPも訪問診療はするが、地域ケアや慢性疾患の管理支援を担うのは主に看護師(保健師や領域別の診療看護師)。理学療法士や管理栄養士もそれを支援する。
そして緊急対応チームの中核も看護師。患者宅にアウトリーチし、全身のシステマティックレビューと採血を行い、医師に遠隔医療で所見を伝える。その後の急性期在宅ケアにおける注射や点滴などの処置も看護師が主体となって行う。
ホスピスケアの在宅ケアチームの中核も看護師。緩和ケア専門看護師が支援の主力となり、GPや福祉サービス、そしてボランティアらと連携しながら、人生の最終段階を支援する。
日本では、基本的に医師の指示がなければ何も動かない。
そして、医師が時間的・技術的に対応できないと、救急車で病院へ、ということになってしまう。
しかし、英国では必要な知識とスキルを身に着けたコメディカルたちが、現場で主体的に活動している。もちろんあらかじめ認められた範囲内ではあるが、処方や注射などの処置も資格を持った看護師が対応できるようになっている。
急性期ケアの一部、そしてホスピスケアにおいては、GPの対応能力を補完する立場にある。
「ときどき入院、ほぼ在宅」
このスローガンを、スローガンで終わらせないために、地域医療はどうあるべきなのか。
ロンドンで見つけたいくつかのキーワードを、日本の医療介護の枠組みのなかでどのように運用することができるのか。
考えてみたいと思う。
佐々木 淳
医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長